スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「マザコン批判」の真実と矛盾

「親孝行」
それは、育ててくれた両親に対する感謝の気持ちであり
人としてあるべき姿である

しかし、男性による親孝行は、時として
「マザコン男」
という批判に形を変える

年老いた両親を引き取ることを「親孝行」とし
それを「マザコン男」と批判するならば
そこに「嫁-姑」の関係が同一家庭内に直接的に現れ
嫁は、姑から威圧的に指導されることを拒否していることである

さらに、その両親が「要介護」となった場合
介護することを拒否する意味でも「マザコン男」を批判する

しかしながら
果たして、マザコン批判をし
姑から威圧的に指導されることを拒否している女性は
いざ結婚して子供を生み、その子が男の子であった場合
また、男の子が成長し、社会に出て結婚したら・・・

自分自身が健在であれば、息子の嫁を指導したくなるであろうし
自分自身が要介護となれば、息子の嫁に介護してもらいたくなる

ここに「マザコン批判」
すなわち
姑から威圧的に指導されることに対する拒否と
姑の介護からの回避の大きな矛盾が生じている

さて
ここで見る限り、果たして「家庭」と言うものは
男性優位な社会であると言えるのだろうか?
実質的には、夫の母、つまり姑が権力を握っていると
言えるのではなかろうか?

そのため、嫁は姑に権力を握られ
圧迫した身を強いられることになるが
自分が子を生み、男の子であれば
将来、自分が息子の嫁を圧迫する立場に就くということである
つまり、将来的に自分が息子の家庭の実権を握ることになる

姑には権力を振りかざしてもらいたくないが
将来的に、姑として権力を振りかざしたい・・・というのは
女性の自分勝手な思いではなかろうか?

姑の介護はしたくないが
将来的に、息子夫婦に介護をしてもらいたい・・・というのは
女性の自分勝手な思いではなかろうか?

家庭において、嫁の立場は低い
しかし、姑の立場は絶大である
ここに、夫たる男性の立場は存在しない

社会での立場、権力を男性が持っていて
女性は立場の高低に関わらず
立場そのものが存在しなかったのと同じように
家庭での立場は、男性には存在しないのである

現在はどうだろうか?
社会においても、女性の社会進出という名目で立場が与えられ
アファーマティブアクションや女性管理職30%目標があるように
女性にも権力を持たせようという動きが活発である

一方で家庭では
元々男性には立場が存在しなかったところに
核家族化により立場が存在するようになり
DV防止法により、男性の立場が低くなっている・・・
などと生易しい問題ではなく、家庭における男性の人権は
無いものに等しいことになっている

果たしてこれが「男女平等」であろうか?

「日本であるために」
核家族化に歯止めをかけ
DV防止法を撤廃することで男性の人権を回復し
嫁-姑に家庭における立場を全面的に譲り
社会における男性の立場を全面的に確保する

これは、旧来の日本の社会と家庭の関係であり
この関係の日本こそが、真に「男女平等」であったと主張します
スポンサーサイト

Comments

No title

夫に対してはマザコンなんて最低と言うくせに
いざ結婚して子供ができたら、その子供にべったりで
マザコン歓迎ですからね。

自分達で男性をマザコンにしておいて
男に責任転嫁するのは腹が立ちます

承認待ちコメント

このコメントは管理者の承認待ちです

Comment Form

管理者にだけ表示を許可する

Trackback


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。