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20XX年日本(仮)

20XX年日本(仮)


ちょっと「日本であるために」という命題から外れて
「現状がこのままいったらどうなるか?」というのを想像して
小説仕立てにして書いてみます

書いてる私自身がかなりムカつく流れになってたりしますが・・・
将来本当にこうならないことを祈ります

プロローグ
第1話


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20XX年日本(仮)第1話

第1話

働いている男性達がロールパン1個と牛乳1瓶だけで
空腹をわずかばかり紛らわせている頃
女性達はホテルのレストランで豪華なランチを楽しんでいた

レストランでは各自様々華やかなファッションに身を包んだ女性達が
賑やかに歓談する声が響き渡り
厨房とテーブル、レジカウンターを忙しく奔走するウェイターの姿が対照的だった

「責任者を呼んで!」

そんな中、一人の女性が高らかに声を上げた
声を上げた女性は左手に、まだ少し残ったコーヒーが淵よりしたたる空のコーヒーカップを持ち
女性の横には、元々は女性が持っているコーヒーカップを満たしていただろうコーヒーを顔から滴らせ
制服もコーヒーで所々茶色く湿らせたウェイターが立っていた

やがてスタッフルームからレストランの店長であろう
スーツ姿の男性が駆けつけてきた

「お客様、何かご不満な点でもございましたでしょうか?」
店長は頭を下げながら恐る恐る問う
「あのさぁアタシ、ランチを楽しみに来てるのよね」
テーブルに肘を付き、軽く握った手で頬杖しながら女性は話しだした
「はい、ごもっともでございます」
「散々待たされて、やっと来たかと思ったら・・・」
女性はここで言葉を一度止め、コーヒーを浴びたウェイターに冷ややかな、侮蔑の眼差しを向ける
「なにこのウェイターの顔!キモイったらありゃしない!せっかくのいい気分が台無しだわ!」
バン!とテーブルを両手で叩き、すぐさまウェイターの顔を指差した

テーブルを叩いた音で一瞬、レストラン中の歓談が消え、女性とウェイターに注目が集まる
やがてヒソヒソという話し声と、かすかな嘲笑がレストランを支配する

「不愉快だわ・・・」

ポツリとこぼし、女性は再び椅子に腰掛け、頬杖をつく
「で?アタシの気分を台無しにしたこと、どうやって保障してくれるのかしら?」
店長とウェイターは返す言葉もなく、ただ下を向いている
「・・・あっそう、無視するんだ?わかったわ」
「お、お、お、お待ちください!この度の料金は結構でありますし、お望みのメニューを改めてお持ち致します」
無視する、という言葉に反応した店長が慌てて言葉を紡ぎだす
「それだけ?こんだけのことしてくれたんだもの、タダになるのは当たり前よねぇ?」
再び沈黙する店長とウェイター
「ふーん、また無視するんだ、いい度胸してるじゃない?」
「で、ではどのようなことがお望みでしょうか?」
「アタシに聞くの?女性が思ってることを読んで、喜ばせるのが男性じゃなくて?」

「だらしないね、あなた小学校からやり直したら?ま、いいわ勘弁してあげる」
ため息ひとつ、女性は頬杖をやめ、テーブルの正面に向き直る
「大変失礼致しました」
その場で店長とウェイター、二人揃って頭を下げる
「そのウェイター、クビにしてくれない?キモくてすっごく不愉快なのよ、さっきから」
体はテーブルの正面を向いたまま、顔だけ店長の方に向ける
「し、しかしお客様は先ほど、お許しくださると・・・」
「勘弁してあげるのは、アタシの思ってることを読んで楽しませてくれなかったこと、それとこれは別よ」
「しかしながら、この者は接客態度も良く、他のお客様からは大変評判もいいので・・・」
「よそはよそ、アタシはアタシ!それにアタシに意見していいと思ってるの?DVよ!」
先ほど以上に強くテーブルを叩き、テーブルの上の食器を倒しながら女性は勢い良く立ち上がった
「め、滅相もございません、ただちにこの者を解雇致します」
店長はそう言いながらも、申し訳なさそうな目を横にいるウェイターに向けた
ウェイターは始終下を向いて黙りながらも、解雇が決まったことで両の拳を握り締め、肩を震わせていた
「こんな店、来なきゃ良かったわ、もう二度と来ないから」
女性はそう吐き捨て、レストランの出口へとハイヒールのかかとを鳴らしならが帰っていった

21世紀初頭、配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律、つまりDV法は
夫から妻への暴力から、恋人同士間での暴力へと適用範囲を広げ
さらに幾度かの改正を経て、友人間での暴力、対人の暴力へと拡大は留まるところを知らず
Domestic(家庭内)Violence(暴力)から、Domestic(国内)Violence(暴力)へと変貌していった

また、法律名さえも、少しでも女性に配慮がないと思われるものは改名され
配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律は
女性への暴力の防止及び被害者の保護に関する法律へと名称を変え
女性同士の言い争いにまで適用範囲が及ぶことが懸念事項となり
最終的には、男性から女性への暴力の防止及び被害者の保護に関する法律、と呼称されるようになった

20XX年日本(仮)プロローグ

プロローグ

カタカタ・・・カタカタ・・・
壁や柱に所々ヒビが入り、淀んだ空気、薄暗い照明のフロアに
キーボードを叩く音だけが響き渡る

カタカタ・・・カタカタ・・・

ヨレヨレのスーツを着た男達はただ黙々と作業を続けていた
その顔には、生気のかけらすらも感じ取ることはできない
全員、ただ黙々と作業を続けているのみ

やがて時計の針が昼の12時を指し、フロアにチャイムが鳴り響く
数十年前は仕事の合間の至福のひと時、昼食の時間であったのだが
今ではフロアの外に出る事も許されず、入り口に置いてあるロールパン1個と牛乳1瓶をそれぞれが取り
空腹をわずかばかり紛らわせることしかできないでいた

時は20XX年、日本
1世紀以上昔、戦争を生き延び焼け野原を再建し
多角的に物事を捉え、常に先を先を見据え、高度な情報化社会を築き上げた先進国「日本」の姿は無く
目先の「ニーズ」だけに忠実に応え、発展もなく、過去の技術力を維持することしかできなくなっていた

2008年、地球温暖化現象が阻止臨界点を突破
世界的な人類の危機に対し、臨界点を突破した数年後「プロジェクト・ノア」が計画され
平野部の水没を予期し、高原地域に首都を置き、外気と遮断されたドームを作り移住する事で危機を逃れた
しかし、ノアの方舟たるドームへの移住を許可された者は
女性や子供、老人、高官達が対象となり、一般の成人男性は筆記試験と面接が必須とされた

試験に落第した男性達はドームに移住することを許されず
ある者は代々の家と土地を孤独に守り、都市と共に海へと引きずりこまれ
またある者は気温の上昇によって発生した伝染病にかかり、誰に弔われることなく朽ち果てた
それでもまだ気力の残っている者は団結し、ドーム付近でデモを行い抗議したが、政府の武力により鎮圧されてしまった

一方、試験に合格し、晴れてドームへの移住を許可された男性も平穏な生活を送ることはできなかった
ドームに移住する際に行われた筆記試験と面接は、学力を問うものではなく
男女差別に関する意識や暴力を振るうおそれの有無を確認するためのアンケート式の試験と面接であったため
少しでも女性差別的であったり、暴力的であると判断された男性を排除したことにより
配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律、通称DV法が加速度的に適用範囲が拡大され
違反した者への刑罰も、改正を重ねるたびに重く、厳しいものになっていった

範囲が拡大され、厳罰化されていくDV法に恐怖した男性達は、ますます非婚の道へと進化していったが
人口が激減した日本ではそれが許されず、ついに男性が非婚を主張することさえもDV法に適用してしまったのである

かくして20XX年
主張をすることが一切許されなくなった男性達は、自ら考え行動するという人間らしい文化的な生活を送ることもできず
ただ淡々と、黙々と、日々の生活を自分の一生を女性のために捧げることを余儀なくされていた

「愛を取り戻せ!」

過去「「恋愛至上主義」の弊害」として記事を書きました
http://a1hs.blog69.fc2.com/blog-entry-5.html

これについて補足します

>正直言いましょう
>「結婚」に「愛」など不要です

家事労働に対して衣食住という対価を与える、ビジネスとしての要素
子孫を残すという生物としての命題

これ以外について「お見合い結婚」より遥かに
「恋愛結婚」が大多数を占めるようになった理由を考えると
やはり「愛」というものは必要になってくるのです

では「愛とはなんぞや?」と考えると
男性の愛は「守ってあげたいと思う感情」こそが「愛」であり
女性の愛は「特定の異性に対する尊敬の念」こそが「愛」である
そう言えるのではないでしょうか?

ここで問題となるのは「尊敬できる男性」を愛するということです
本来、生きる上での最優先事項である「命」を守ってくれることに対して
「尊敬の念」を抱き、結婚生活を送るのが本筋ではあるのですが
平和な日本という国と、女性を守るための法が数多く存在することが
家族のために仕事をし、経済的に守るという行為が
あまりにも「当たり前すぎる行為」となってしまったのです

そのため、大抵の場合
夫の「仕事に一生懸命打ち込む姿」を見ることのない妻は
妻の勤め先の「仕事に一生懸命打ち込む姿の男性」を「尊敬」してしまい
不倫を働いてしまう、と考えられます

つまり、「経済的に妻を、家族を守っている」という夫の結果が
「あまりにも当たり前すぎる行為」であるがために尊敬することができず
「尊敬の念」、すなわち「愛」が失われていくということになります

一方、夫の方はと言うと
家の中でグータラしていようが「経済的に妻を、家族を守っている」という
結果を残し、継続させています
「経済的に妻を、家族を守っている」限り、「愛」は失っていないのです

しかしながら、経済的に守っていたとしても
命を守っていないのでは本末転倒です
俺が養ってるんだから「何をしたって」俺の勝手だろ?
というのは間違いです
平和な世になり「命の危険」と直面することが少なくなった今
「経済」を重視するあまり、根本たる「命」を軽視している典型的な例です

「経済的に妻を、家族を守っている」限り、と言いましたが
意図しないケースで突然「守れなくなる」場合もあります
リストラに遭ったり、事故に遭ったり、また「冤罪」に遭ったり・・・
そういう状況になって平然と職を探そうともしない夫というのは
もはや家族に対する「愛」を失っていると考えられますが
そうでない場合、職を失ったことでもがき苦しんでいる限り
決して家族に対する「愛」は失っていないのです

また「愛」とは強制するものではありません
「誰のおかげでメシが食えると思ってるんだ!」とか
「あなたはもうわたしを愛してなんかいないんだよね!」とか・・・

ただし
なぜそういう風に言われてしまったのか・・・
考えなければなりません

「日本であるために」
女性は、男性が「家族を養う」ということに対し
当たり前ではなく、もっと真摯に受け止め、感謝し、尊敬するべき

男性は、「家族を養えばいい」というだけでなく
自分に向けられた愛情を、そのまま優しく返すべき

「女は強くなった」「男は情け無い」

久しぶりにネタが思いついたので更新!
ご無沙汰しておりました

「女は強くなった」と、よく言われます
一方で「男は情けなくなった」と・・・

考えてみれば当たり前のことなのです
男性は小さい時から「男は弱い者(女の子)を守らなければならない」
と教えられています
それなのになぜ、女性を守る(結婚して養う)ことができなくなったのかと言うと
女性が守るべき「弱い者」でなくなったからです

一方で「女性は弱い」とも、よく言われます・・・これがすでに矛盾なのですが
そしてその「女性は弱い」と言うのは、まぎれもなく「女性」なのです
女性の口から「女性は弱いんだから、男性がしっかり守らなければダメでしょ」と
「強要」されてしまいます

また「強要」というものは読んで字の如く「強く要求する」のですから
「強く要求する」=「強く要求できる立場」、すなわち「強い」のです
そこで「男は弱い者を守らなければならない」という教え通りに
「弱い者」=「男性」、つまり「自分自身」を守ろうとします

実際の「本質」はどうかと言うと・・・
やはり、女性は「弱い者」であり、守らなければならないと思います
それも、女性自身が思っている以上に、女性は弱いのです

このブログでも「DV法」について批判し、なくすべきであると書きましたが
男性を萎縮させ、妻の奴隷化するという側面の他に
「真にDV被害に遭っている女性を助けることはできない」
という一面も存在するのです

DV法とは元々
「命の危険があると判断された家庭内暴力の救済処置」になります
ところが
夫からのDVにより、本当に「命の危険が晒されている」場合
誰に助けを求めることもできません
ヘタに助けを求め、それが夫にバレた場合、さらなる「報復」が待っているからです
また、そういう「DV行為」を行っている夫自身も、バレることを極端に恐れています
「病院へ行った」ただそれだけで
医者にDVの実情を話されたのではないかと思うため
病院へ行かせることすらもさせません
妻が何か能動的な行動に出た場合、必ず追求し、暴力を与えます
それを繰り返しているうちに、妻は一切の能動的な活動を自ら封じてしまいます
これが、女性自身すらも自覚していない、女性の本当の「弱さ」なのです

そういう「真にDV被害を受けている女性」を助けることもできず
何がDV法なのでしょうか?
本当に命の危険に晒され、自ら能動的な行動を封じている女性が
どうやって「女性センター」に相談しに行くのでしょうか?
中には勇気を振り絞って相談しに行く女性もいます
そういう女性は大変素晴らしいです

話を戻しましょう
かつては、女性もこの「女性の本当の弱さ」というものを自覚していたと思います
また、本当の意味での「男性に守ってもらう方法」も心得ていたと考えます
「女性は三歩下がって・・・」「三つ指立ててお出迎え」を代表に
おしとやかで慎ましい「大和撫子」であったのです

今ではほぼ死語と化した「大和撫子」ではありますが
男性が今でもよく「大和撫子がいい」と言うのは
女性が思うような「男性の身勝手・自分勝手」ではなく
「真に守りたいと思える女性像」であるからなのです

「女性は進化した!男性は遅れている!」と言われていますが
最近になって、ようやく男性も進化してきたのではないでしょうか?
最初は女性が強くなって戸惑っていた男性も「ならば別に守る必要ない」と
非婚の道へと「進化」してきている模様です

だがそれは、国として、またヒトという種として
存続できる「進化」かどうかは疑問に残ります

「日本であるために」
やはり、男性は強くなければなりません
一方で女性はやはり、本質的にはとても弱い存在であります

女性は、本来自分自身が持つ「弱さ」を自覚し
「三歩下がって・・・」「三つ指立ててお出迎え」とまでは言いませんが
男性が「真に守ってあげたいと思える女性像」を目指すべき

それが、今日本が抱えている「少子高齢化社会」に歯止めをかける
第一歩ではないでしょうか?
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